
- エディターのおすすめ
- 2005 · Rosana Lamosa、Kenneth Schermerhorn、ナッシュヴィル交響楽団
エイトル・ヴィラ=ロボス
プレイリスト
バイオグラフィー
エイトル・ヴィラ=ロボスは、先住民の歌、民族舞曲、リオデジャネイロのストリートやカーニバルの音楽など、母国ブラジルにあふれるさまざまなサウンドを取り入れた楽曲を生み出した。1887年にリオで生まれた彼は、1905年から1913年にかけてブラジルの内陸部を旅して、先住民の音楽と文化を吸収した。その結果、ヨーロッパの音楽とは一線を画した、ブラジルの香り高いクラシック音楽を創造することができたのだ。1918年にアルトゥール・ルービンシュタインと出会ったヴィラ=ロボスは、この名ピアニストのために『Rudepoêma』(1921~1926年)をはじめとする多くの優れたピアノ曲を書いた。1923年にヨーロッパに渡った彼は数年の間パリに住んでいる。この頃に出会ったスペインの伝説的ギタリスト、アンドレス・セゴビアに触発されたヴィラ=ロボスは、リオの即興性にあふれたストリートミュージックであるショーロをベースにした『12 Guitar Études』(1928~1929年)を作曲した。またそのショーロをはじめとするブラジル音楽は彼にさらなるインスピレーションを与え、それぞれに異なるアンサンブルによって奏でられる14曲の『Chôros(ショーロス)』(1920~1929年)、同じくさまざまな編成による九つの組曲から成り、ブラジルの民族音楽とバッハによるバロック音楽の技法を融合した『Bachianas Brasileiras(ブラジル風バッハ)』(1930~1945年)といった代表作が生み出されることとなった。ヴィラ=ロボスは1930年に始まったジェトゥリオ・ヴァルガス大統領の時代にブラジル屈指のセレブリティの一人となり、ナショナリスト的な曲を書き、国歌選定委員会の議長も務めている。1945年にヴァルガスが退陣した後は作曲に専念し、指揮者としても国際的なツアーを行った。晩年はさらに多作となり、1959年に72歳で亡くなるまでに2,000以上の曲を書いたとされる。