19世紀後半のパリで旺盛な作曲活動を行ったオーギュスタ・オルメスは、熱烈なワグネリアンだった。1847年にアイルランド出身の両親のもと、パリで生まれたオルメスは、幼い頃から類いまれな楽才を発揮する。しかし、パリ国立高等音楽院は彼女の入学を認めなかったため、個人レッスンでピアノを学び、その後セザール・フランクに作曲を師事した。早くからワーグナーの音楽に傾倒していたというオルメスは、このドイツの偉大な作曲家からの影響を感じさせる交響詩やオペラを作曲し、他にもカンタータや多くの歌曲、室内楽、ピアノ曲などを書いた。女性が作曲家として生きること、そして、正当な評価を受けることが非常に難しい時代にあって、彼女のいくつかの作品はオーケストラによって繰り返し演奏され、また、1889年のパリ万国博覧会に際しては、会場で披露するための楽曲を依頼されている。これらの事実から、当時のフランス音楽界においてオルメスがいかに特別な存在であったかということは容易に想像できるだろう。