1970年生まれのフランス系アメリカ人ピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュは、わずか13歳でパリ国立高等音楽院に入学するなど、幼いころから類いまれな才能を発揮した。1990年代の半ばに本格的なキャリアをスタートさせると、古典派やロマン派の楽曲の演奏で一躍脚光を浴びる。その後アンゲリッシュは、瞑想(めいそう)的な趣の解釈を特徴とする独自のスタイルを確立していった。2011年の『Bach : Goldberg Variations(ゴルトベルク変奏曲)』では、技巧を前面に打ち出すのではなく、バッハによる見事な対位法の華やかな香りが空気中に広がっていくかのような洗練された解釈を披露した。一方、2016年のアルバム『Dedication』に収録したリストの『Piano Sonata in B Minor』では、ここぞという場面で弾けるようなエネルギーと前進力を発揮する、ダイナミックな演奏を聴かせている。他にもブラームス、ベートーヴェン、ラフマニノフの演奏にも情熱を注ぎ、現代作曲家の作品にも卓越したパフォーマンスで光を当てたアンゲリッシュだったが、2022年4月18日に惜しまれつつ51歳でこの世を去った。