ロメオとジュリエット

Op. 64

現在、私たちは、“踊りと演技を駆使してストーリーを展開していく物語性のある長編バレエ”という概念を当たり前のものと捉えているが、それはプロコフィエフの『ロメオとジュリエット』によるところが大きい。シェイクスピアの戯曲のように話し言葉で書かれたドラマをダンスに置き換えるというアイデアは非常に大胆なものであり、このようなことは、プロコフィエフ自身が、長編のオペラや交響曲、あるいはバレエ・リュスのための音楽を書いた経験を持っていなければ考えつかなかっただろう。バレエ音楽『Chout(道化師)』や『交響曲第2番』『第3番』をはじめとするそれ以前の作品が持つ暴力性を思えば、プロコフィエフが音楽に闘争的なパワーを持ち込むことには意外性を感じない。一方、バレエ音楽『Le Fils Prodigue(放蕩息子)』で初めて発揮された彼の叙情性は、この『ロメオとジュリエット』で子どもから大人への変わり目にいるジュリエットの姿と若い恋人たちの情熱を表現することで、大輪の花を咲かせたのだ。プロコフィエフはまた、物語の舞台であるイタリアを象徴するために楽器の音色を生かしている。最も印象的なのはマンドリンだが、特に「ティボルトの死」において顕著なように、イタリアのバンダの伝統を思わせるスタイルで金管楽器を使っているのも特徴の一つだ。当初、プロコフィエフはこの作品を、“死者は踊ることができない”という当時の考え方に基づいてハッピーエンドにしていたのだが、振付師らとのディスカッションを経てシェイクスピアの原作にある通りの悲劇的な結末に改訂した。バレエ『ロメオとジュリエット』は1938年にチェコスロバキアのブルノで初演されて成功を収め、その後レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)でソ連初演が行われた。

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