ピアノ協奏曲第3番 ニ短調
Op. 30
ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第3番』は名ピアニストが気概を試される作品として名高いが、その成功の度合いは千差万別だ。スコット・ヒックス監督による1996年の伝記映画『Shine』で、伝説的なピアニストDavid Helfgottがこの曲を演奏した後に失神し、正気を失ってしまったシーンを誰が忘れることができるだろう。この作品は演奏者を翻弄(ほんろう)するのである。ラフマニノフ自身も、1909年にニューヨークで行われた初演に際し、大西洋を横断してアメリカに向かう航海のさなかにダミーの鍵盤を使って猛練習をしたという。当初アメリカでの評判は芳しくなかったが、この協奏曲はゆっくりと支持者を増やしていき、やがてピアニストからだけでなく、プロコフィエフの悪魔的な『ピアノ協奏曲第2番』(1913年)と同じように、他の作曲家たちからも一目置かれる存在になっていく。ラフマニノフは冒頭で陰鬱(いんうつ)な予感を漂わせる。そして静かに脈打つ弦楽器と管楽器の持続音の中でソリストがシンプルに主題を提示することで、これから多くのことが起こることを示唆するのだ。その予想通り、ピアノは夢のような狂詩曲的展開を経て、第1楽章のカデンツァのクライマックスで完全に解き放たれる。第2楽章「インテルメッツォ」では、打ち寄せる波のような弦楽器と、思慕するようなピアノのモチーフがこの作品の内省的な核心へと私たちを引き込み、そこから最終楽章の華々しく力強い音世界へとなだれ込んでいくのだ。そのフィナーレは、これまでの楽章に表れた主題に丁寧に言及しながら作品全体をまとめ上げ、クライマックスへと突き進む。結末は、見事に弾きこなせたピアニストにとっては美しいドラマとなり、そうでない人にとっては悲劇となる。
