クルト・ワイルの人生は、1930年代の初頭に祖国を飲み込んだ激しい動乱に大きな影響を受けた。ヨアナ・マルヴィッツとベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団による本作は、このドイツの作曲家の二つの交響曲に新たな光を当てている。 ワイルの『交響曲第2番』は、2023年にマルヴィッツがコンツェルトハウス管弦楽団の首席指揮者に就任する少し前に、彼女の“楽曲レーダー”に探知された。「ワイルのことは『三文オペラ』や劇音楽で知っていましたが、彼の交響曲についてはまったく知りませんでした」と彼女はApple Music Classicalに語る。「オーケストラが輝ける作品なので、演奏するのがとても楽しいです」。ワイルがこの交響曲の作曲に着手したのは、ヒトラーがドイツの首相に就任した1933年1月のことだった。そしてワイルはパリに亡命した直後、辛辣(しんらつ)な社会風刺である“歌付きバレエ”『7つの大罪』を書いた。 ナチスはすぐにワイルの作品を“退廃芸術”として非難するようになる。作曲家としてのワイルの評判は当局によっておとしめられ、彼の作品の上演もままならなくなってしまう。「ワイルの名前は、当局が焼却すべきとする本や楽譜のリストに載せられ、タブーになってしまいました」とヨアナ・マルヴィッツは語る。しかし、『交響曲第1番』のフルスコアはナチスによる芸術弾圧の烈火をどうにか逃れた。「楽譜は友人の手からそのまた友人の手へと渡り、イタリアの修道院にたどり着き、そこで修道女たちが隠したのです」 この単一楽章の交響曲は、ワイルの作品を歌い演じた歌手兼俳優であり、彼と結婚し、未亡人となったLotte Lenyaが、元夫の失われた手稿譜にまつわる情報を求める新聞広告を出した後に再発見された。標題紙は何者かの手で損なわれていたが、ワイルは元々そのページに、ヨハネス・R・ベッヒャーによる表現主義的で平和主義的な戯曲『労働者、農民、兵士』からの引用である“民衆の神への目覚め”という言葉を記していた。つまり『交響曲第1番』には、人類の破壊衝動と、社会正義を確保するための闘争に関するこの戯曲の思想が反映されているのだ。 「ワイルが平和とヒューマニティというアイデアに引かれていたことを強く感じます」とマルヴィッツは言う。「一つ一つの音から、この若い作曲家が多くのアイデアを持っていたことが分かるのです」
作曲者
オーケストラ
指揮者
ボーカル
バリトン