20世紀終盤のクラシック界では、エストニアのアルヴォ・ペルト、ポーランドのヘンリク・グレツキ、ウクライナのヴァレンティン・シルヴェストロフといった一部の東欧の作曲家たちが前衛的な手法を避けるようになり、穏やかさと調性を取り戻した。そしてこの傾向は、リスナーにも広く支持された。本作にはそのうちの一人であるシルヴェストロフが、1970年代から2023年までに書いた作品が収録されている。 シルヴェストロフの音楽を聴くことは、すりガラス越しに古典派とロマン派の時代を垣間見るようなものだ。ソロピアノのための美しい小品集『キッチュ・ムジーク』も、まるでシューマンやブラームス、ショパンといった作曲家たちのかすかな残り香をまとった即興演奏のような楽曲となっている。シルヴェストロフの熱心な支持者として知られるロシアのピアニスト、アレクセイ・リュビモフの演奏からは、それぞれの曲に対する一点の曇りもない愛情がにじみ出る。 ロシアの詩とイギリスの詩人キーツによる一編の詩に曲を付けた11曲から成る歌曲集『Stufen』(“Steps”の意味)も魅惑的だ。ウクライナのソプラノ歌手Viktoriia Vitrenkoのピュアでみずみずしい歌声は、静かな湖の岸辺に寄せる優しい波のような趣を持ったこの作品にうってつけのものだといえる。 アルバムを締めくくるのは、ソロピアノのために書かれたうっとりするような五つの小品。最後に置かれた内省的な『2 Pieces』は、母国ウクライナで戦争が勃発した後にシルヴェストロフが退避したベルリンで、2023年に初演された。
作曲者
ピアノ
ソプラノ