いずれも音楽学校を経営していた中国人の父とロシア人の母のもと、ロサンゼルスに生まれたエンジェル・スタニスラフ・ワン。彼は幼い頃から演劇を創作し、それを自宅のリビングルームで、衣装を着て、舞台装置や照明を使いながら上演することを楽しんでいた。しかし、5歳の時に母親がワンにピアノを教え始めると、彼の真の天職が明確になる。ワンはチャイコフスキーとラフマニノフの音楽が持つ和声の響きを鍵盤で再現することで、音楽への愛を示すようになった。そこで母親は、彼をモスクワに住む祖父母のもとへ送る。モスクワでのワンは母の足跡をたどるように、グネーシン特別音楽学校、中央音楽学校を経て、2020年からはチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院へと進んだ。
つまり彼は、国籍こそアメリカだが、実質的にはモスクワで鍛えられたロシアのピアニストである。そのことは、ワンがセミファイナルのリサイタルで披露したベートーヴェンの作品『ピアノ・ソナタ第23番 “熱情”』の力強い演奏からも感じ取ることができる。彼はこの楽曲に驚くほどドラマチックな質感をもたらしている。一方、ワンは母国であるアメリカの作曲家、ウィリアム・ボルコムの作品も取り上げ、『12の新しいエチュード』からの2曲を弾いた。「Fast, furious」は、ワンの演奏によってタイトル通りの迫力を見せ、「Hymne à l'amour」は、ゆっくりと、しかし確実にその情感の核心をあらわにしていく。
最後にワンは、ムソルグスキーの『展覧会の絵』で印象的なパフォーマンスを披露する。この作品は、非常に高度な演奏技術とスタミナを必要とする最も難易度の高いピアノ組曲の一つであり、激しい「Baba-Yaga(バーバ・ヤーガ)」と荘厳な「La Grande Porte De Kiev(キエフの大門)」で最高潮に達して締めくくられる。