リスナーに語りかけるかのような優しさと親しみやすさを持ちながらも、このアルバムで聴ける光輝に満ちた音楽が描き出す物語は実に奥深い。イタリア出身のオリヴィア・ベッリは、ネオクラシカルのシーンで注目を集めるピアニスト/作曲家だ。本作に収録された協奏曲、室内楽曲、ソナタはすべて彼女自身の手による作品であり、それぞれにホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に着想を得ている。ベッリがApple Music Classicalに語ったところによると、彼女は人生を通してホメロスの世界に親しんできたが、近年ではこの作品との向き合い方が、学術的なものから別のものへと変化してきたという。「8歳の息子に美しい挿絵入りの『オデュッセイア』を読んであげていた時、突然、この詩に初めて触れた時に感じた驚きの感覚がよみがえってきました。息子の目を通して、物語の純粋な楽しさと、今もなお私たちの心に深く語りかけるこの物語が持つ普遍的なリズムを再発見したのです」
アルバムの幕開けを飾る『Concerto for Piano and String Orchestra “Daimon”』でのベッリは、オデュッセウスの人生を自身のこれまでの歩みに重ねつつ、その旅路をそれぞれ「The Departure」「The Journey」「The Return」と名付けた楽章で表現している。一方、ヴァイオリンのエルドビョルク・ヘムシングやサクソフォンのジェス・ギラムといったスター演奏家たちを招いた室内楽の組曲『Ithaca Suite』の各曲で描かれるのは、『オデュッセイア』に登場する主要な人物たちだ。例えば第6曲の「Laertes」は、息子であるオデュッセウスが行方不明になってからというもの、ただ死を待ち続けている父、ラーエルテースの姿を描いたもの。ラファエラ・グロメスによるチェロとベッリによるピアノで奏でられる同曲についてベッリは「チェロは人間の声に似た質感を持っていて、人物の年齢やもろさ、深い感情が表現できます」と語る。
そして、アルバムを締めくくるソロピアノのためのソナタ『Sonatina for Nausicaa』は、漂着した見知らぬ人物であるオデュッセウスを助けた王の娘、ナウシカアを題材にした作品。他人を思いやるナウシカアの率直さを深い優しさと共に表現している。