バッハによる一連の『フランス組曲』には、特に“フランス的”な要素があるわけではない。つまりリスナーは、音楽の中にある“フランスらしさ”について思いを巡らせるより、ただゆったりと腰を下ろし、これらの鍵盤のための見事な舞曲が持つ、表現と対位法の豊かさを楽しめばいいということだ。 フランチェスコ・トリスターノが演奏するのはヤマハのグランドピアノ。その歯切れの良さと音の立ち上がりの速さは、『フランス組曲第5番』の喜びに満ちた「Gigue」を聴けば分かるように、トリスターノが音楽の細部までをも明瞭に描き出すことを可能にしている。同時に、バッハの崇高で瞑想(めいそう)的な一連の「Sarabande」、特に『第3番』のそれには、感傷的な要素がまったくと言っていいほどない。その代わりにトリスターノは、これらの穏やかな舞曲に、例えるなら木というより大理石から彫り出されたかのような、静かな威厳をまとわせている。 そしてトリスターノは、多くの「Courante」に爽快さと躍動感を注ぎ込んでいる。また、アルバム全体を通じて録音の質も高く、明瞭でありながら硬質になり過ぎないサウンドで、トリスターノの演奏スタイルの魅力を存分に伝えてくれる。
作曲者
楽器演奏者