ディドとエネアス

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パーセルの『Dido and Aeneas(ディドとエネアス)』は、小規模なオペラでありながら、最も偉大な悲歌劇の一つに数えられる作品だ。演奏時間がおよそ1時間となる台本は、紀元前の詩人ウェルギリウスによる『アエネーイス』に材を取り、カルタゴの女王ディドとトロイの王子エネアスとの運命的な恋を描いたもの。おそらくエネアスはジェームズ2世を象徴する存在で、ディドはイングランドそのものを擬人化した登場人物であり、つまりこの物語は、カトリックのジェームズ2世がイングランドを捨ててローマに行かないようにという警告のメタファーなのだろう。パーセルの他の舞台作品と違い、『ディドとエネアス』にはせりふがなく、全編が歌で構成されている。1682年ごろに宮廷で上演されたパーセルの師匠ジョン・ブロウによる仮面劇『Venus and Adonis(ヴィーナスとアドニス)』をモデルにしたと思われるこのオペラは、1689年にチェルシーにあった、音楽を教える寄宿制の女学校で初演されたというのが通説だが、実際には、王室の関係施設で初披露されていた可能性もある。原曲の楽譜は失われているが、残されているパーセルのスコアは、イタリアやフランスの音楽を手本としながらも、短い楽章、セクション構成、全編を覆う美しく情感豊かな旋律、舞曲のパワーでソロと合唱を結びつけるといった特徴を持ち、非常に高いクオリティを誇っている。そして、ディドによる不安気な「Ah! Belinda」からオペラの中で最も心を揺さぶる哀歌の一つである「When I am Laid in Earth」まで、作品の構造上、リピートされるグラウンドベースが非常に重要な役割を果たしている。

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