ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調

Op.  24、“春”

古典派の時代とその後しばらくの間、現在でいうヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリンを伴う“ピアノのためのソナタ”として発表されていた。実際、ハイドンやモーツァルトのソナタの中にはそのような言い方がふさわしいものもあるが、ベートーヴェンは違っていた。彼の民主主義者としての姿勢は、室内楽に対する向き合い方にも反映されていたのだ。つまり“各楽器は対等に扱われなければならない”ということだ。『ヴァイオリン・ソナタ第5番』はその好例といえる。この作品においては、まずヴァイオリンが、愛らしく、息の長いメロディを奏で、それが終わった後にはピアノが主張を始め、楽曲を新たな方向へと導いていくのだ。作品の完成は1801年だったが、「春」という愛称が付けられたのは作曲者が亡くなった後だった。クラシックの楽曲に付けられたこのようなニックネームは、的を射たものでないことも多いが、このソナタに関しては完璧なネーミングだといえるだろう。第1楽章は、伸びやかで歓喜に満ちた曲となっており、そのあふれるような叙情性は、春に生まれた新しい命の輝きをことほぐかのようだ。さらにくつろいだ雰囲気の第2楽章「アダージョ」は、『田園』の第2楽章「小川のほとりの情景」のような雰囲気を持っている。そして、ヴァイオリンとピアノの掛け合いが子どもたちの追いかけっこを思わせる第3楽章「スケルツォ」と歌心にあふれた終楽章を含めて、このソナタは、嵐のような『英雄』とは対照的に、ベートーヴェンがリラックスして純粋に音楽を楽しんでいる姿をイメージさせる。

関連作品