ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調
Op. 2/1
若き日のベートーヴェンというと、音楽界に旋風を巻き起こした革命児というイメージがあるが、それは彼の一面を切り取ったものに過ぎない。ベートーヴェンは、その陰で綿密なキャリアプランを練っていたのだ。1792年に故郷のボンを離れてウィーンに移り住んだ彼は、パトロンを得るために3作のピアノ三重奏曲(作品1-1、1-2、1-3)と3作のピアノ・ソナタ(作品2-1、2-2、2-3)の作曲に着手する。ベートーヴェンが『ピアノ三重奏曲 作品1』をカール・リヒノフスキー王子(1761~1814年)に献呈すると、王子はすぐに、『ピアノ・ソナタ 作品2』を宮廷で初演するよう、ベートーヴェンにオファーを出した。ベートーヴェンがこのセットの冒頭に置いたのが『ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調』。ヘ短調は、彼が中期の先鋭的な作品である「熱情」こと『ピアノ・ソナタ第23番』や『弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」』でも使った、ドラマチックな印象を醸し出す調性だ。第1楽章の「アレグロ」は、マンハイム楽派の交響曲からの影響が反映された上昇するフレーズで幕を開け、瞬時にしてリスナーを引き付ける。続いてベートーヴェンは、初期の『ピアノ四重奏曲 WoO36』から引用した主題に基づく穏やかな第2楽章「アダージョ」で緊張をほぐす。そして、謎めいた雰囲気の中で哀愁を漂わせる第3楽章「メヌエット」を経て、終楽章の「プレスティッシモ」では、パワフルなドライブ感を持つ短調の主題と、一転して牧歌的ともいえるほど穏やかな長調の主題との対比で、リスナーに強烈な印象を与える。
