14の歌
Op. 34
優しい情感と切ない記憶があふれ出す『14の歌曲集』の終曲「ヴォカリーズ」は、ラフマニノフの楽曲の中で最も有名なメロディの一つである。声楽とピアノのためのこの歌曲集は、プーシキンをはじめとするロシアの詩人による詩に曲を付けたものだ。ラフマニノフは、当時のロシアにおいて屈指の歌手だったフョードル・シャリアピンとFelia Litvinneにインスパイアされ、情熱的で優しく、メランコリックなムードを持つメロディを次々と生み出した。「明るい色合いの曲はなかなか生まれてこないのです」と彼は語っている。作曲家自身が卓越したピアニストであったため、第3曲の「嵐」や第5曲の「アリオン」に見られる通り、リッチで複雑な伴奏パートを有する曲も多くある。その一方では、第1曲の「詩神(ミューズ)」や第10曲の「その日を私は覚えている」のように、穏やかに揺れるピアノのテクスチャーの上に流麗なメロディを乗せた、より内省的な曲もある。「ヴォカリーズ」はソプラノ歌手のAntonina Nezhdanovaに献呈された曲であり、この幽玄な旋律は、彼女のピュアで輝くような歌声を生かすべく書かれたものだ。またこの曲はタイトルから分かる通り歌詞を伴っていないため、器楽曲へのトランスクリプションにも向いており、ラフマニノフ自身によるオーケストラ版をはじめ、多くの音楽家たちがさまざまな独奏楽器のための編曲版を書いている。