アダージョ ト短調
Mi 26
トマゾ・アルビノーニは、歴史に名を残した作曲家の中でも、ある点において非常にユニークな存在である。というのも、その人気の大きな部分を担うオルガンと弦楽のための心に残る楽曲「アダージョ」は、実のところ彼が作曲したものではないからだ。20世紀のクラシック界では、バロックや古典派の作曲家による失われた楽曲を発見したとして、実際には新たに捏造(ねつぞう)した音楽を発表するという欺瞞(ぎまん)が横行した。例えば、フランスのヴァイオリニストで作曲家のMarius Casadesusが、自身が補遺したモーツァルトの作品として発表した『“Adelaide” Concerto』は、その数十年後にCasadesusが自分の曲であることを認めるまで、ケッヘルの目録に掲載され、名ヴァイオリニストのユーディ・メニューインにレコーディングされるなど、モーツァルトの真作として扱われた。“アルビノーニのアダージョ”が世に出たのは、1950年代の後半だった。アルビノーニの経歴を研究していた音楽学者レモ・ジャゾットが、ドレスデンのザクセン州立図書館に楽譜が所蔵されていた“トリオ・ソナタの緩徐楽章の断片”を基にした楽曲として発表したのだ。しかし、同図書館にこのような楽譜が保管されていた記録はなく、ジャゾットの死後、彼が遺した書類の中から“断片”が発見されることもなかった。このような事実から、現在ではこの曲はジャゾットが書いた作品だと考えられている。