ショパンが『24の前奏曲 Op. 28』について、全編を通して演奏されることを意図していたと考える者は、彼がこの世を去ってから何十年も現れなかった。通常、前奏曲は何かしらの曲の前に奏でられるものであり、前奏曲の前や後に前奏曲を弾くことはないからだ。その状況に変化が訪れたのは、ショパンの死後半世紀以上が過ぎた1900年代初頭のこと。作曲家でありピアニストでもあったフェルッチョ・ブゾーニが、この前奏曲集を一つの作品と捉えて全曲演奏することを始めたのだ。それ以来、他の演奏家たちも同様の手法を取り入れるようになり、やがてそれは一般的なものとなった。藤田真央はその『24の前奏曲 Op. 28』を、対照的かつ補完的なピアノのための二つの前奏曲集、つまり、スクリャービンのめくるめくような小品から成る『24の前奏曲 Op. 11』と矢代秋雄の同様に見事な『24 preludes』と共に録音することで、ショパンによる偉大なレパートリーに新たな光を当てている。 藤田のアーティスティックなアプローチは、ショパンの独創的なアイデアとその先鋭性を鮮やかに描き出している。また彼は、シンプルで親しみやすいメロディと和声を基調とした曲から、演奏者に対して悪魔的ともいうべき技術的要求を突き付ける強烈な曲までを奏でる中で、ソロピアノのための音楽が有する無限のバリエーションを賛美している。「前回のアルバムはモーツァルトのピアノソナタ全集だったので、今回はかなり違います」と藤田はApple Music Classicalに語る。「私は常に自分に課題を課し、そして、新たな発見をしたいと思っています。それぞれの曲が1分か2分のものが多いショパンやスクリャービン、矢代の前奏曲は、モーツァルトのソナタとはまったく違います。私は3年ほどかけてモーツァルトの解釈を構築しました。その後に、これらの前奏曲の表現に心を向けなければならなかったのです。それが私にとっての新たな挑戦でした」 ショパンが『Op. 28』を書き上げたのは1839年。スクリャービンが『Op. 11』を書き始めたのはそのおよそ半世紀後であり、その時彼は10代の後半だった。そして、矢代秋雄は1945年に『24 preludes』を作曲した。これは驚くべきことだ。というのは、当時矢代はまだ15歳で、彼が生まれ育った町である東京は第2次世界大戦の空襲で壊滅的な被害を受けていたからだ。矢代の前奏曲集は、手稿譜のかすれたコピーによってほんの数人のピアニストに知られていただけだったが、2022年に初めて出版された。「とてもその楽譜を見たかったので、すぐに初版を買いました」と藤田は明かす。「ですから、このアルバムのレコーディングの話を始めた時には、すでに矢代のことが頭に浮かんでいました」。とはいえ、日本以外ではほとんど知られていない1人を含む3人の作曲家による72の前奏曲を組み合わせるというアイデアは、レーベルサイドから見れば単なるピアニストの夢物語に思えただろう。しかし藤田は、食欲をそそる料理の比喩を使ってこの組み合わせの魅力を力説し、企画を通した。「ショパンは魚のようなもので、スクリャービンはご飯のようなものです。この組み合わせは普通の食事です。でも、それらと矢代を一緒にすると、わさびを添えたことになります。これがアルバムのアクセントになるのです」 矢代の前奏曲集が生まれた背景には、1900年代の初頭に日本政府が西洋のクラシック音楽の導入を後押ししたことがある。彼は幼少期にクラシックのコアなレパートリーに夢中になり、戦時中にラジオでNHK交響楽団の番組を聴いて知識を深めた。一方藤田は矢代の未亡人に会い、彼女から矢代がいかにショパンを愛していたかということを聞く。「彼女はとても優しい人で、矢代さんの話をたくさん聞かせてくれました」と彼は回想する。1950年代前半にパリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアンらの下で学んだ矢代は、帰国後、大作に関してはチェロやピアノのための協奏曲と交響曲を含む数曲のみを遺し、1976年に心不全により46歳の若さで急逝した。 「矢代さんは一つの作品を書くのに多くの時間をかけていたと思います。一つのフレーズを書くのに1週間、次のフレーズを書くのに1週間かかることもあったかもしれません。でも、前奏曲はもっと気軽に作曲できたのでしょう。彼はショパンから大きな影響を受けていて、例えば、彼の前奏曲「No. 23」には、ショパンの和声の響きがあって、「No. 9」にはショパンのアルペジオのスタイルがあります。しかし、彼はこれらの曲に多くの日本的なエッセンスも取り入れていて、その最たるものはペンタトニックスケールです」 藤田は音楽の内面にも細心の注意を払い、メロディとベースラインを丁寧に描きながら、三つの前奏曲集のすべてから歌心にあふれたラインを引き出している。「特にショパンとスクリャービンの前奏曲には対旋律がたくさんあって、それらは時として主旋律よりも重要です」と彼は説明する。「一つ一つの曲にはそれぞれの個性、色彩、ピアニズムがあります。ですので、スクリャービンはショパンとはまったく違いますし、そのいずれもが矢代とは異なるということを学びました。私はこの発見の過程が大好きなのです」
作曲者
ピアノ