ピアノが一般的に使われるようになるより前に書かれた楽曲をモダンピアノで奏でることで、クラシック音楽発展の歴史に新たな角度から光を当てる。スリランカ出身の両親のもとモナコで生まれたピアニスト、シャニ・ディリュカは、力強く説得力のある演奏で高い評価を得ている。また彼女は『Cosmos - Beethoven & Indian Ragas』(2020年)でベートーヴェンとインド音楽を融合し、『The Proust Album』(2021年)ではフランスの作家マルセル・プルーストが愛した作曲家に焦点を当てるなど、個性的なコンセプトを持つアルバムをリリースすることでも注目を集めている。そんなディリュカが本作で取り上げたのは、バードからモンテヴェルディ、フレスコバルディ、パーセル、そしてヨハン・ゼバスティアン・バッハまで、ルネサンスとバロックの作曲家たちによる“ピアノ以前”の音楽だ。ディリュカは、例えばパーセルの『チェンバロ組曲 イ短調 Z. 663』では作曲家が意図していたチェンバロの響きに敬意を払いながらも、そこにモダンピアノならではの流麗さを加味し、モンテヴェルディの歌曲ではメロディ自体が持つ歌心を最大限に生かしている。そして、これらの楽曲が一貫してモダンピアノで奏でられることによって、リスナーは時代ごとの楽器やアンサンブルの変遷に影響されることなく、ルネサンスからバロックに至る中での音楽そのものの変化を感じ取れるのだ。また、アレッサンドロ・マルチェッロのオーボエ協奏曲をバッハが編曲した『鍵盤のため協奏曲第3番 ニ短調 BWV 974』の第2楽章「Adagio」も魅惑的だ。アルバムの最後を飾るこの曲からディリュカが引き出す深い哀愁と優美さは特筆に値する。