「“故郷”と訳される言葉ですが、少し違います」。三浦謙司はドイツ語でつけたアルバムタイトル『Heimat』について、Apple Music Classicalに語る。「どこかに属するとか、どこかと心がつながる、居場所を見つけるというようなニュアンスがあります。それが素敵だと思いますし、いろいろな国に住むという経験をするのが普通になっている今の人たちが、向き合っていくべきコンセプトだと思いました」。ロン・ティボー国際コンクールを含む数々のコンクールを制してきたピアニストである三浦は神戸の生まれ。10代前半でイギリスに留学し、これまで4か国に住み、ドイツで過ごした時間が一番長くなった。しかし、拠点であるベルリンに対して“属している”という感覚はあまりなかったという。「では、属するとはどういうことか。それを考えて、最終的にベルリンを自分の“Heimat”と呼ぶまでの感情的なプロセスを表せる作品を収録したアルバムになりました」。ここからは三浦に全曲の解説をしてもらおう。 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 Op. 57、“熱情” “熱情”という日本語のタイトルを聞くと熱い炎のようなものをイメージするかもしれませんが、僕にとってこの曲は青白い炎。どちらかというと、正気と狂気の中間を歩んでいくような世界観だと思っています。このソナタにはどこかに属したくてそれを探し続けているというようなすごく不安定な要素があって、これは自分もベルリンに着いてからずっと経験してきたことです。つまり、受け入れられていないけれども属したい、でも、その距離がなかなか埋まらないことの悔しさのようなもの。だから、この作品の世界観にすごく共感します。 R. シューマン:子供の情景 Op. 15 ベルリンという場所を“Heimat”として選び取る、そのプロセスを語るに当たって、自分が父親になったという出来事を無視することはできません。『子供の情景』は、若い頃は子どもが子どもの視線で世界を見ている曲だと思っていました。それがしっくりこなくて弾いていなかったのですが、自分が父親になって、守るべき存在であるわが子を見ていく視点で書かれている作品なのかなと思った時にすごくつじつまが合って、今なら弾けると思いました。 ブラームス:7つの幻想曲 Op. 116 10代の頃にはドイツ音楽を堅苦しくて自由さがない音楽だと感じていて、ちょっと遠いところに置いていました。それが、ベルリンに住んで、この場所になじんでくると理解が深まったというか。最近になってようやくこの音楽を自分の身体の一部のように感じられるようになりました。特に『7つの幻想曲』は、ドイツ音楽に対する堅いとか感情的でないという偏見を覆す素晴らしい曲だと思うので、ぜひ聴いてほしいです。 ブラームス:5つの歌曲 Op. 49~No. 4, Wiegenlied ブラームスの『5つの歌曲 Op. 49』から、第4番の「Wiegenlied」をアルフレッド・コルトーがピアノのためにアレンジしたものです。“Wiegenlied”は子守歌という意味で、これを選んだのは単純に子どものためと言いますか、自分が父親になった感情を形に残したいと考えたからです。子どもたちが大きくなった時に、いつかこのアルバムを聴いて、「おやじはこんなことしてたんだな」と思って聴いてくれたらうれしいです。タイトルを見て分からない人でも、この曲のメロディはきっと一度は聴いたことがあるものなので、「ああ、これはブラームスだったんだ」となると思います。 ブラームス:16のワルツ Op. 39~No. 15 in A-Flat Major ブラームスの『16のワルツ』の中で、この第15番が一番好きです。ちょうどいい軽やかさというか、ちょっとサロンのような感じなのかな。こういう温かくて本当にエレガントな曲を聴くと、ドイツ音楽は堅苦しいという偏見が薄れるのではないかと思います。もともと『16のワルツ』は連弾用に書かれた曲で、僕がイギリスに住んでいた学生時代に友達と遊び半分で初見演奏をしていた思い出の曲でもあります。 R. シューマン:3つのロマンス Op. 28~No. 2 in F-Sharp Major シューマンの数多くあるピアノ作品の中で、この『3つのロマンス Op. 28』の第2番が一番好きと言っても過言ではありません。もし生涯にあと5曲しか弾いてはいけないというシチュエーションがあったとしたら、この曲は迷わず弾きます。それほど大好きな曲で、本当に何度でも弾けると思います。だから生涯かけてこの曲と一緒に育っていきたい。ドイツ人が持つ内なる温かさみたいなものが完全に音になっている音楽だと思います。
作曲者
ピアノ