ヤニック・ネゼ=セガンは、かつて聖歌隊の一員として『ドイツ・レクイエム』を歌った時にブラームスに恋をしたとApple Music Classicalに語る。そして、当時12歳だったネゼ=セガンはブラームスの作品を熱心に聴くようになり、やがてこの作曲家が、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンといったドイツ・オーストリアの偉大な先達に敬意を表しながら、絶妙に形作られた音楽を通じて人間の感情の本質に迫る真の芸術家であることを知った。 「ブラームスの音楽には、感情と理性のバランスが理想的な形で表れています」とネゼ=セガンは言う。「私はこれまでにそのバランスに近づくための経験を十分に積んできましたし、今はアーティストとしても人間としても成熟したのではないかと感じています」。彼は本作の録音に際して、楽団員に室内楽を演奏しているイメージを持ってもらうことで、そのバランスを取ろうとした。「交響曲を演奏するに当って、弦楽四重奏曲を演奏しているときと同じような自由を感じられたら最高なのではないかと思ったのです」。その結果、演奏はしなやかかつ明瞭で、ディテールまでもが生き生きとしたものとなった。また、ネゼ=セガンは「ブラームスのオーケストレーションはとても古典的です」と指摘する。当時、リストやワーグナー、ベルリオーズといった同時代の作曲家たちは、オーケストラの可能性を押し広げることに力を注いでいた。しかし、ブラームスがキャリアの後期、すなわち“少ない方がより豊かである”というアプローチを取っていた時期に書いた彼のすべての交響曲は、より小規模で伝統的な楽器編成と昔ながらの構成を取っているにもかかわらず、上に挙げた作曲家たちの作品と同じように深い情感を描き出しているのだ。 ブラームスの『交響曲第1番』は1876年に初演され、“ベートーヴェンの第10番”という表現でたたえられた。もちろんネゼ=セガンも、ブラームスの『第1番』とベートーヴェンとのつながりには気付いているが、その捉え方は少し違っているようだ。「ブラームスの『第1番』について、今は、ベートーヴェンが『第5番』の後に進んだもう一つの道であるかのように感じています。まるでベートーヴェンが『交響曲第6番“田園”』を書く道を行かずに、左折したり右折したりしたかのようです」 『交響曲第2番』でのネゼ=セガンは、魅惑的であいまいな感情を見事に描き出している。確かにこの交響曲は終楽章ではじけるような歓喜に至るが、第1楽章はかなり複雑だ。「太陽の光はあるのですが、それだけではありません。そこには雲もあります。自然そのもののような美しさです。単に一つの色や一つの陰だけではなく、すべての陰と色が同時に存在しています」 『交響曲第3番』はブラームスの“秘密の花園”だとネゼ=セガンは言う。「第1楽章は4分の6拍子で、冒頭部分はとても壮大でファンタジックで英雄的ですが、すぐに森や庭に足を踏み入れたかのような雰囲気に変わります。聴き手はそこで、花や葉、そして、初めて見たものや聞いたものの裏側に潜んでいるあらゆるものを発見することになるのです」 比較的穏やかな雰囲気で始まって次第に熱を帯びていく『第4番』は、古今の短調の交響曲によくある栄光に満ちた長調のエンディングではなく、短調で終わる。「聴衆はハッピーエンドを期待していたでしょう。しかし、ブラームスはそのために存在していたわけではありません」とネゼ=セガンは指摘する。苦悩の気配が漂う終楽章は、非常にブラームス的であるといえる。バロック時代のパッサカリアのように、繰り返される低音の主題に基づく30の変奏曲から成るこの楽章では、ブラームスが抱いていた形式や対位法への愛着と、卓越したオーケストレーションの素養のいずれもが、はっきりと示されているからだ。「ブラームスは、彼以前に生まれた音楽に関して、最も造詣が深い作曲家だったかもしれません」とネゼ=セガンは説明する。「彼はルネサンス音楽に詳しく、ラモーやクープランの作品のコレクターでもありました。彼はバッハのすべてを知っていましたし、音楽史におけるバッハの位置付けも把握していました」 このアルバムの収録曲はすべてドイツ南西部のバーデン・バーデンでレコーディングされた。これらの魅力的なパフォーマンスが生み出された背景には、この町ならではの雰囲気があったことは間違ないようだ。ブラームスはバーデン・バーデンの牧歌的な風情を愛して、ここに家も持っていた。1865年から1874年の間、ブラームスは夏が来るたびにこの地を訪れ、リラックスした空気の中で多くの偉大な楽曲のインスピレーションを得た。「私は楽団員たちとよくその話をしました」とネゼ=セガンは語る。「そして、みんなが散歩をしたり、ブラームスの家を訪ねたりしながら、バーデン・バーデンの空気を吸いました。これらの楽曲を演奏するためにこの町にいたのは特別なことでした」
作曲者
オーケストラ
指揮者