
- エディターのおすすめ
- 2023 · フランツ・ウェルザー=メスト、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
グスタフ・マーラー
プレイリスト
バイオグラフィー
19世紀終盤のオーストリアの社会において、ユダヤ人が高い地位を得るのは容易なことではなかった。特にグスタフ・マーラーのように、帝国の辺境で暮らす裕福ではない家庭の出身である場合はなおさらである。しかし1860年生まれの彼は、まず過去最高の指揮者の一人と認められ、その後はクラシック音楽の歴史の中で最も独創的かつ情熱的で、先見性のある作曲家の一人という評価を受けるまでになったのだ。マーラーは指揮者としてはオペラで大成功したが、作曲家としての彼は自身の思想や情感を、歌曲や、とりわけ交響曲の中で表現することを選んだ。マーラーいわく、交響曲とは“すべてを包含するもの”でなければならず、実際に彼のオーケストレーションの巨大なキャンバスは、時に独唱や大合唱をも含んでいて、それまでの音楽表現の枠を超えていくものだった。1910年に初演された『交響曲第8番《千人の交響曲》』は大ヒットとなり、マーラーは切望していた大きな喝采を浴びることになる。しかしその年、熱愛した妻であり、彼のミューズでもあった妻アルマの浮気が発覚し、もともと傷付きやすいマーラーの心は弱っていった。彼は翌年、51歳の誕生日を目前にして亡くなった。